趣旨文

今回から、「論考」マガジンは紙媒体ではなくWeb媒体となる。Webマガジン「論考」はネット上に言説を発信する。書籍という閉じた場をグローバルな場へと開くためである。

 

「論考」というタイトルは古代文字で書かれている。京都在住の古代文字研究家で書家の竹本大亀氏にお願いした。古代文字は具体的な形象が文字となりかける瞬間の思考の発火を宿している。それは絵であり文字でもある中間の状態であり、具体的なものが抽象化される瞬間を示している。翻って、建築は抽象的な思考や未だ形にならない感性が具象化したものである。設計に求められる事は、アーカイブ内に存在する標準化されたパターンの踏襲ではなく、新たな創造であり思考の発火である。まさしく古代文字の立場と重なる。また、建築は新たな普遍的価値や抽象性を生み出すものでもある。具象と抽象との往来。こうしたアンビバレントな立ち位置における「論考」の議論をタイトルの古代文字が意味している。

 

このWebマガジン「論考」においては多くの言説を求めない。真に議論できる場としてありたいと考えるからだ。閉鎖的な研究者のアーカイブの場を超えて、建築家の知を高めるための場を求めたからである。設計学会は建築家の学会だからである。研究だけに閉じ籠る事を求めない。したがって、このWebマガジン「論考」においては、「査読論文」は当然として、未だ研究途上であるが、重要な思考を孕んだ言説をまとめたものとしての「研究ノート」というジャンルという発表の場を設けている。なぜなら、原初的なものは、新たな発展の種であり、多くの刺激を与える。それこそが建築家の特異なポジションだからである。

 

さらに、論考委員長が、コンテンポラリーな建築の問題として重要と認識したテーマを提示する事にした。そのテーマに沿って、建築分野の執筆者に捉われずに求めたい。そうした言説を「寄稿論文」として設けた。設計という目的のためである。

今回の「寄稿論文」のテーマは、「微分・積分」である。数学は建築と関係している事。数学において、微分積分は、建築の原初的な構成概念である比例、比を源とする。微分積分を巡る問題には、モダニズムの建築概念と如何に連続しているか?そこから、モダニズムとは何か?近代において、建築は如何に変質したのか?など多くの視点を孕んでいる。今回、海外からの論文も含み、そのテーマに沿った幾つかの興味ある論文が届いたので、それらを掲載する事にした。次回のテーマは「剽窃」である。近年、日本のアート・建築は閉塞的で、創造性が、ネットメディアによって影響を受け、ネットメディアに氾濫するイメージからのインプットがダイレクトに作品化される傾向がある。こうした問題は、現代日本の特殊性にあるのだろうか?こうした議論をしてみたいと思う。西欧の建築は、anteriority(先在性)を基礎としたcanon(正規性)に倣って、建築を構築する。しかしながら、日本人は、そのことを単なる模倣と同一視してしまった。また日本の伝統的な模倣概念の「写し」は、尊敬する作家の美学をレスペクトするものであるが、それすらも欠落させたものとなっている。こうした病理はsubjectの概念が未熟なままであることに起因するのである。優れた言説を求めたい。

 

編集委員長 山口 隆