《凱風館》の実践的設計事例を通じた動的集合体試論

A Test of “Kinetic Assemble” Theory Using “Gaifukan” as a Practical Design Case Study

光嶋 裕介 | Yusuke Koshima*1 

建築設計とは多くの他者との集団的かつ創造的な創作行為であり,建築家に求められるのはクライアントの要望や予算,法律などの外的な与条件を満たすだけではなく,内的な建築思想を設計に反映させて豊かな建築空間を実現させることである.豊かな建築空間の創出だけではなく,緻密なコミュニケーションを通して多くの他者との共同作業が不可欠となる.このコミュニケーションにおいて言葉と共に建築言語としての図面は建築を表記し,建築家が思考する建築思想を具体的に伝達する役割を果たす.この図面に先立ち,建築家は手描きのドローイングを通して自らの建築思想を発展させている.本論ではこのドローイングに着目し,竣工したのちに建築家が新たに解釈を加え,建築の言語化を通して批評しながらその建築思想の発展を目的とする.筆者が建築家として神戸に設計・監理した《凱風館》を取り上げて,この建築が完成した後に描いた竣工後ドローイング《凱風館ドローイング》を通して《凱風館》に込めた建築思想を建築の生命力を踏まえた動的集合体試論として示した.

キーワード: 動的集合体,竣工後ドローイング,建築家,建築思想,ドローイング

*1 神戸大学大学院工学研究科建築学専攻
博士(建築学)
(〒657-8501 神戸市灘区六甲台町1-1)
Email: yk@gold.kobe-u.ac.jp

 

 

1.緒言

1.1 竣工後ドローイングについて

建築を設計するという行為は,それぞれの建築が竣工する度に終了し,そのほかの建築プロジェクトと建築家の中では連続しているにも拘らず,それぞれの建築が単独で思考され,完結してしまうことに疑問を感じ,確固たる設計思想を実践的に構築していくための方法として「竣工後ドローイング」を実践している.筆者はその学位論文(1)において,竣工後ドローイングを通した批評的創作としての実践的研究を論じた.

竣工後ドローイングは,すでに完成した建築を客観的に捉え直す機会として,設計者が建築を内省し,フィードバックにより自らの建築思想を批評的に検証,更新するための役割を果たす.設計を事後的に再考し,幅のある時間を内包しながらクライアントや施工者など多くの他者との共同作業を通して継続的に変容する建築思想を発見的に言語化することで,自らの目指すべきより豊かな建築を暫定的な建築設計論として構築することを意図している.

 

1.2 研究の対象と目的

建築家が建築を設計することの最大の意義は,建築を通して社会に貢献することであり,豊かな建築空間を創出することである.しかし,建築とは3次元による非言語的な言語であるために,建築に込められた建築思想を言葉に翻訳したり,2次元のドローイングで表現したりすることは,建築家の仕事を社会化する上で大変重要なことであると考える.建築空間という3次元の言語を建築家と社会が明確な共通言語として共有することは難しく,建築を言葉やドローイングといった別の言語に翻訳することで,建築思想を伝達可能なものにするからである.

本研究では,筆者が主宰する建築設計事務所の実践的設計事例として《凱風館》を対象として「動的集合体」という建築思想の言語化を試みる.自ら描いた竣工後ドローイングを通してその建築思想を建築設計論として提示することを目的とする.建築が科学と芸術の両方の領域に属していることから,建築家の建築思想は,個別の作品にそれぞれ固有な形で実現され,多くの思考が複雑に混在しながら事後的に発見されることもある.建築の竣工後に継続して建築を言葉に翻訳し,他言語間を往来することが豊かな建築思想の構築には不可欠である.

 

1.3 研究方法

1章で本研究の対象と目的,方法を明記し,2章では直接影響を受けた建築家による建築設計論における建築思想の位置を考察する.3章では筆者の暫定的な建築思想を建築の生命力を踏まえた建築思想として明示する.動的集合体を前章で分析した建築設計論との関連を踏まえて論じる.4章では《凱風館》の実践的設計事例を通して《凱風館ドローイング》を詳細に分析し,動的集合体の具体的展開として建築思想の言語化を試みる.

 

 

2.建築家による建築設計論

2.1 建築設計論における建築思想の位置

建築の設計者であっても,そうでない他者が建築について論じる際も,その対象建築から感じた知覚情報に基づいて理論展開されている.建築空間を言語化するということは,非言語的な体験の認識を著者の身体性に基づいた解釈を基準にして言葉に翻訳することを意味する.本章では,建築の設計者である建築家による実践的な建築設計論における建築思想の位置を確認する.建築の設計は,建築家の建築思想を土台にしながら個別な外的与条件を統合する形で実現する.抽象的な建築思想は,それぞれの建築家が目的とする建築の豊かさを明らかにするものである.また,集団的創造物として完成した建築の個別な作品論ではなく,建築家に内在する建築思想から導き出されたそれぞれの目指すべき建築を比較検証し,建築設計論と建築思想の関係を位置づける.

 

2.2 代謝建築論

菊竹清訓(1928-2011)は,戦後日本の近代建築を代表し,人間の身体における新陳代謝を参照した独自の設計思想としてのメタボリズムを牽引した建築家の一人である.菊竹の建築設計論の骨格には,代謝建築論があり「か・かた・かたち」の三段階で建築を記述した.建築の本質的段階「構想」としての〈か〉,実体論的段階「技術」としての〈かた〉,現象論的段階「形態」としての〈かたち〉という三角構造をもつデザインの方法論を展開した.この三角構造は円環するものとして考えられ,人間が建築を認識するプロセスは〈かたち〉▶︎〈かた〉▶︎〈か〉へと展開するのに対して,設計を実践する建築家のプロセスは,反対に〈か〉▶︎〈かた〉▶︎〈かたち〉の順序で思考を展開するとも述べている.この代謝建築論は,方法論としての「か・かた・かたち」を提唱しながら,メタボリズム思想と連続する代謝空間の実現を目指すものであり,「建築都市を生成発展する過程でとらえ,新陳代謝できる方法をデザインに導入しようという考えがありまして,ここから一つの秩序を見いだそうという考えかた(2)」として菊竹は建築思想を表明している.

 

2.3 不連続統一体論

近代建築の巨匠ル・コルビュジエ(1887-1965)の下で働いた建築家の一人である吉阪隆正(1917-1980)は,不連続統一体という建築思想を展開した.来日中のバックミンスター・フラーが講演で示した「ディスコンテュニアス・タワー」から着想を得て,宇宙の法則として「原子だったり,分子だったりするように.細胞といってもよい.それは完全に独立した単位でありながら,他の単位と結びつくことで,別の単位となるようなものである.しかもそれは常に結びつき方をかえて,別の単位に変化してゆけるのである.微視的世界から巨視的世界までその組み合わせは考えられる(3)」と述べている.

不連続統一体論は,吉阪の設計した建築の個別な作品論ではなく,世界の見方を示すものであり,哲学者の西田幾多郎の「絶対矛盾的自己同一性」と似た響きをもつ.世界の複雑な現象を静的なものではなく動的なものとして理解し,ときに相反するものでも矛盾を抱えて変化しながら自己を肯定することによって新しい世界が創造されていく.吉阪は空間に秩序を与えることで,より調和した生活を可能にすることを建築家として目指していた.

 

2.4 建築の四層構造論

《箱の家》シリーズを実践的に広く展開する建築家の難波和彦(1947-)は,建築を見る総合的な視点を与える図式と同時に対象からの応答を引き出すための図式として建築の四層構造(4)を提唱している.難波は現代におけるサスティナブル・デザイン(持続可能なデザイン)の実現を目的としている.具体的には,複雑系における「自己組織化」や「創発」の理論を参照しながら,ウィトルーウィルスの『建築書』にある「強・用・美」をそれぞれ「構造・機能・形」と読み替えて,現代の建築に不可欠なエネルギーを「環境」として加えた四つの建築の認識図式を提唱する.建築の四層構造とは,第1層に物理的なものとしての「物理性(材料・構法・構造学)」,第2層にエネルギーの制御装置としての「エネルギー性(環境工学)」,第3層に社会的な機能としての「機能性(計画学)」,第4層に意味を持った記号としての「記号性(歴史・意匠学・美学)」である.難波は,個別の建築毎に四つの層から検討し,調停しながら一定の関係性を結びつけることで最適のサスティナブル・デザインの実現を目指している.

 

2.5 ネイチャー・オブ・オーダー論

クリストファー・アレグザンダー(1936-2022)は,自身の博士論文を『形の合成に関するノート』として出版し,『都市はツリーではない』や『パターン・ランゲージ』など重要な建築設計論を提唱する建築家・都市計画家である.アレグザンダーが集大成として執筆した『ザ・ネーチャー・オブ・オーダー』では「よい建築をつくるには,ものごとのありさまに関する「秩序」の本質の概念を,根本的に改めなければならない(5)」と主張し,「生命」と「全体性」,「センター」という概念を展開した.「生命」とは「空間の質」そのものであり,建築に「生命」を創出する深遠な秩序は,空間に表れる物理的・数学的構造による直接的な結果と述べている.普遍的なルールとして「生命」を現象として捉えるには「全体性」とその重要な基本単位である実体としての「センター」があり,それは部分から「全体性」がつくり出されるのではなく,この「全体性」から「センター」が導き出される入れ子構造を提唱する.アレグザンダーのネイチャー・オブ・オーダー論の目指す生き生きした生命力のある建築は,混沌とした世界の中から全体性とセンターによる入れ子構造によって調和した生命の秩序ある建築空間をつくることである.

 

2.6 小結

建築家による建築設計論は,個別に建築を設計するための具体的な方法論を指し示すものでありながら,自らの建築思想を建築として実現させるための目指すべき建築を抽象的に提示するものであると考える.それぞれの建築家が目的とする建築をいかにして実現させるか,自らの設計した建築を検証し持続的に解釈を加えながら言語化することで,その価値体系を客観的なものとして社会に説得力をもって提案することを目指している.

故に,建築設計論に従えば他者にも同等の建築が設計できる方程式のようなものではなく,個別的な実践を通して自らが設計した建築に対する解釈を言語化することは,個別な建築の根底にある目指すべき豊かな建築を抽象的な概念として言葉に翻訳して社会に提示することを意味する.常に不完全な翻訳であっても,空間を統合する建築設計という創作行為には常に偶然性や無意識が働くからこそ,継続的に検証,更新することが必要となる.

 

 

3.動的集合体試論

3.1 動的集合体試論

筆者が実践的設計を通して導き出した建築思想を,現時点での暫定的なものとして動的集合体を提唱する.建築を動的集合体として思考することで目指すものは,建築における生命力を喚起し,生き生きした寛容な建築の実現である.

動的という考え方は,生物学者の福岡伸一(1959-)の提唱する動的平衡という概念を理論的根拠としている.福岡は「合成と分解との動的な平衡状態が「生きている」ということであり,生命とはそのバランスの上に成り立つ「効果」である(6)」と述べている.生命を動きの流れとして捉えることで,建築に対しても空間と身体の相互作用による生命力を喚起する建築の実現を目指している.

動的な動きを表現することは,変化する可能性を許容することであり,持続可能な循環とも関連して考えることができる.その造形原理においてバウハウスを牽引した写真家で芸術家のラースロー・モホリ=ナジ(1895-1946)のヴィジョン・イン・モーションという建築思想に着想を得て,物理的には動くことのない建築においても,建築の造形に運動を表現することは可能であると考える.

加えて,動的な集合体として建築を設計することは,吉阪の提唱した不連続統一体を発展させることを目指している.異質なものを排除した空間の統一感ではなく,異物をも取り込み,雑多な集合体として統合することで新しい調和を目指すものである.具体的には,たとえば建築の内外に使用される材料を敷地や物流の関連性から思考し,複雑な集合体として建築の設計を通して空間における活気ある生命力の獲得を試みるものである.

難波の建築の四層構造を通じて動的集合体を考察すると,第1層の物理性においては,自然素材を使用すること,第2層のエネルギー性においては,高気密,高断熱による省エネ化をはかり,第3層の機能性においては,単一の機能に用途を固定せず柔軟に用途が転用可能な寛大な空間の実現を目指すものであり,第4層の記号性においては,外的な与条件をコンテクストとして整理し,生命力の豊かな建築として多様な表情を表象することで,動的な建築としてのサスティナブル・デザインを目指すことを共有している.

最後に,アレグザンダーのオーダー・オブ・ネイチャー論と動的集合体の関連においては,生命を静的なものではなく動的な動きの中で常に変化するものとして捉えることを共有しており,全体性とセンターの入れ子構造が捉える生命の現象を集合体として解釈することで,生き生きした秩序の調和した生命力のある空間の実現を目指すことを共有している.

 

3.2 建築の生命力

アメリカの理論生物学者スチュアート・カウフマン(1939-)は「生命は,物質とエネルギーを何らかの形で結びつける組織構成を増殖させ,新たな方法で自身を複製して文字どおり自身を構築する(7)」ものとして,すべての生命システムは開いた熱力学的システムであり,物質とエネルギーを取り込んでいると述べている.物質を構成してつくられる建築も,カウフマンの言う物質とエネルギーを結びつけるものであり,そのエネルギーを建築から受け取るのは,人間の身体である.この身体が空間から知覚するエネルギーこそ,建築の生命力である.明確に数値化できないものの,たしかに感じられる生命力を建築の重要な価値として動的集合体試論は考える.

筆者は《凱風館》の完成と同時に,内田樹(1950-)に師事して合気道を稽古している(現在参段).合気道は強弱勝敗を競うものではなく,自らの生命力を高める武道として存在し,筆者が建築における生命力を考えるきっかけとなった.この数値化できない生命力は,身体が知覚するものであり,それは対峙する空間との相関関係によって伝達させるエネルギーである.

生命力は不可視なものであるために身体感覚として空間との結びつきを感じる必要があり,動的集合体という建築思想もまた,マイケル・ポランニー(1891-1976)の提唱する暗黙知のように非言語的な無意識の身体化された知識に基づいており,予測不能なものに対して常に開かれている.身体感覚を開くことは,空間の動きや流れを可変するものとして動的に知覚することである.

 

3.3 小結

動的集合体は建築の生命力を踏まえた建築思想である.常に動き続ける世界において,生命を動的なものとして捉える福岡伸一の動的平衡の考え方を参照し,造形として運動の表現を試みながら,均質な統一感ではなく,雑多なものの集合体として,その素材を構成する寛容な空間の実現を目指している.

本章では,動的集合体を菊竹の代謝建築論,吉阪の不連続統一体論,難波の建築の四層構造論,アレクサンダーのオーダー・オブ・ネイチャー論と照らし合わせながら,その関連性を明らかにした.動的集合体が目指す建築は,多様な部分から構成された調和した秩序を保ち,豊かな生命力を喚起する生き生きとした空間である.

 

 

4.凱風館ドローイングの分析

4.1 凱風館

《凱風館》は,2011年に神戸市に完成した思想家・武道家の内田樹が館長を務める道場兼住宅の木造2階建の建築である.海と山が近くにある神戸という場所にておよそ150名の門人が合気道のお稽古に励み,寺子屋による私塾や古典芸能である能楽のお稽古や発表会などにもやってくる多種多様な構成員に広く開かれた建築が特徴的である.凱風館の地上階(Fig.1)には,道場とプライベートなための2つの玄関があり,主要な空間は琉球表を使用した75畳の道場である.道場には,畳を上げるとヒノキ板の張られた能楽のための敷舞台があり,正面の壁は,二重壁となっている.普段見えている壁の裏にスライド式のもう一つの壁によって画家である山本浩二が制作した能楽の鏡板としての《老松》が配置されている.能楽の発表会や浪曲,落語などの講演が催されると,壁の後ろから《老松》が引き出されて可視化される.合気道の道場として使用されている際は,正面の壁には開祖である植芝盛平開祖の肖像が飾られているが,この《老松》が引き出されると,道場の空間の質は一変し,新しい秩序が生成される.

Fig.1 凱風館の1・2階平面図

このような変化に富んだプログラムを可能にしたのは,道場が何もない空隙(ヴォイド)の空間である無用の効用に起因する.設計している時から,凱風館がプライベートな住宅ではなく,地域に開かれた身体的な学びの場であり,阪神大震災を体験した内田は災害時の避難所としても凱風館の道場を構想していたことは,特筆すべきことである.空間と機能が一対一対応するだけでなく,使い手が自由に使い方を考えるための時間を包含することで,動的な生命力が持続的に空間に宿る.凱風館の2階には,12000冊以上の書籍を配する執筆のための仕事部屋である書斎と門人や仕事関係者を迎えるためのサロンとしてのセミパブリックな空間があり,その他,主寝室とダイニング・キッチン,風呂・トイレのある住宅部分から構成されている.建築を構成しているそれぞれの空間は,なるべく個室として孤立することを避け,空間が滑らかに連続するように設計されている.均一な一室空間にするのではなく,それぞれの空間にそれぞれの造形と素材による特徴を与え,個々に際立つ空間が動的に統合される集合体になることを意図している.そうした内部での空間性や運動性がそのまま外部にも表象されるように外壁の仕上げを個別に決定した(Fig.2).具体的には床や壁,天井に用いる部材を京都美山町の杉を中心に,岐阜県加子母村のヒノキなど,国産材の自然素材のみを使用して施工していることが特徴である.凱風館の主要空間である道場は,自然素材が山を連想する造形の天井とともに配置され,生命力のある空間になっている(Fig.3).

 

Fig.2(左)凱風館の外観(写真:山岸剛)­

Fig.3(右)道場の内観(写真:山岸剛)

 

4.2 凱風館ドローイング

4.2.1 竣工後ドローイングの大きさと道具

《凱風館ドローイング(Fig.4)》は,2011年11月に竣工した凱風館を,2012年1月に紙にペン(インク)によって描かれた線画である.使用したケント紙の大きさは,縦187mmで横300mmである.ペンは製図用のペンであり,細さは0.1mmの極細である.線画を描いた後に陰影をつけるために水性の薄いグレーのペンも一部に使用している.

 

4.2.2 竣工後ドローイングの描き方と意図

《凱風館ドローイング》は,建築雑誌にて凱風館を発表する際にその設計意図を統合させたドローイングとして描いた.建築の竣工が到達点ではなく,スタート地点と捉え直し,自らの仕事を内省するために既に竣工した建築を新しい目で見て,プロジェクトを俯瞰し,客観的な視点で建築を表記することを意図している.3次元空間を2次元として表現する竣工後ドローイングは,建築とは別の自立した表現であり,複数のイメージを同時に見せられることによる重層性が建築家の建築思想を伝え得る手段として有効であると考える.竣工後という時間を包含することで,建築を継続的に思考し,フィードバックとともにその時間の軌跡を表現とすることに意味がある.

 

4.2.3 コントラスト

《凱風館ドローイング》においては,複数の視点を同居させる際に,それぞれのイメージが明確にコントラスト(対比)することで,思考のエネルギーが運動すること表現している.竣工後ドローイングを描く際には,同時に見えるか否かに拘らず,一枚の紙面の上に複数のイメージを描くことが特徴的である.20世紀初頭にピカソとブラックによって確立されたキュビズムが一枚のタブローの中に複数の視点を同時に描くことに倣い,それが複数の視点だけでなく,複数のマチエール(素材)による「コラージュ」という手法によって制作されたことも,竣工後ドローイングを描く上で参照している.


Fig.4 凱風館ドローイング(2012)

 

一枚のドローイングの中に,現実には同時に見ることのできない南立面図と東立面図をつなげて描きたり,立面図の横に内部空間を透視図法によって描きこむことで,建築の空間構成を明確に理解できるようにした.

建築のエレメントをそれぞれ断片的なイメージを並置して描き,複数の視点を一枚のドローイングの中に内包することで,異なる記号としての意味をもつ豊かなイメージの間を観賞者の目が移動する.様々な物語がそれぞれに創発し,ドローイングを介して動的に他者へと伝達される.たとえば,凱風館と周辺の建築が調和するために遠くに見える六甲山へと連続するものとして断片化された屋根の造形や,立面図の屋根の上に,透視図法によって周辺環境と連続するようにコントラストを強調して背景の六甲山を描いた.人工物である建築が自然の山と滑らかに連続することを,雑多な屋根の形態や素材の組み合わせによって生まれる自然と建築の秩序を想起させるような記号を表現している.

コントラストには,描く対象の造形的な対比,素材的な対比,もしくは,スケールによる対比という具合に様々ある.多視点にものを描くことで,それぞれに複雑な関係性が結ばれることが,同時性のもつ特徴であり,アレグザンダーのいう「全体性」の構築のための手法である.これは,単一な因果関係によるものではなく,ネットワークによる入れ子構造や複数性をもつ多視点が同居することで,多様な情報の関係性が立ち上がると考えられる.

 

4.2.4 見立ての手法

《凱風館ドローイング》では,建築の設計プロセスにおいて思考したことや空間として感じて欲しいことをドローイングに翻訳して描く上で,建築思想のより重層的な伝達方法として「見立ての手法」を採用している.

建築家の磯崎新によれば「見立て」は,類似性を媒介して,連想を喚起し,対象物を分節していく手法であると定義している.凱風館においても,道場からは実際は見えない建築の遠く背後にある六甲山の存在を感じてもらうように,道場の天井に格子状の舟底天井の造形を採用し,竣工後ドローイングにおいても,その連続性が喚起されるように,道場の内観パースと凱風館の屋根とその向こうに続く六甲山をつなげて描いている.道場の西側の路地に重ねられた淡路瓦が山のように見えることも,六甲山を連想することを意図して強調的に描いている.

見立ての手法は,鑑賞者が得た視覚情報を自らの内部にある想像の世界へと変換することで,実在と虚像の往来を可能にし,複雑な構成要素の雑多な集まりとしての動的集合体の考え方を伝達する.見立ての手法によって超越的なものへの回路をつくり,見えない空間の生命力を感じる助けになると考えられる.

 

4.2.5 奥の思想

建築家の槇文彦は「奥」は水平生を強調し,見えざる深さにその象徴性を求めると述べて,日本文化の特徴の一つとして奥の思想を展開している.凱風館の設計においても,個別の空間が孤立することなく,それぞれ緩やかに隣接する空間として開かれることで,滞在している空間から更に奥があることを気配により実感することを意図している.具体的には,たとえば2階に配置されている書斎が壁によって隔たりをもつことなく,サロンへとオープンに広がり,さらにはロフトや住宅部分のダイニングへと連続することで,それぞれの空間がその先に広がる空間への気配や予感を感じ,水平方向に開かれることを意図した平面構成にした.これは,動的集合体における運動性とも関連し,オープンエンドな造形として設計することで,運動の生成を意図している.

竣工後ドローイングにおいても,奥の思想を表現するために,書斎に接続する階段とロフトに接続する別々の階段を連続してつないで描くことで,空間の重層性を強調するように描いた.イメージの断片は,動きや新しい全体性を想起するものとして表れる.

他にも,道場の北側の壁に設けられた2つの窓は,ガラスを半透明の磨りガラスにすることで,自然光による光の明暗だけに還元した光の濃淡によって実際には見ることのできない六甲山を連想させるような「奥」が感じられる設計になっている.舟底天井が六甲山の造形を見立てたのに対して,その消失点になる北側の壁の上部に窓を設けたことが,奥に広がる水平性を強調している.

 

4.3 動的集合体試論の展開

《凱風館》を設計・監理してから描いた竣工後ドローイングの分析を通して,動的集合体という筆者の暫定的な建築思想の言語化を試みた.それは,多視点性を内包したコラージュによる同時性やコントラスト,見立ての手法,奥の思想など断片的な考え方を統合する建築思想である.筆者が動的集合体として建築を思考することは,建築における「生命力の高い,生き生きした寛容な空間」の実現を目的としている.3章で詳述したように,その根底には生物学者の福岡伸一が提唱する,生命を動きの中で捉える動的平衡を参照や合気道の経験がある.

建築における動的なものとして「空間に運動」を表現することは,その場所に働く不可視なエネルギーを造形的にも,素材においても,運動の表出として建築設計の根拠とすることにある.生命が動的なシステムによって常に動き続けてることで秩序を保ちながら進化するように,動的に雑多なものを集合させることは,建築を生き生きした寛容な空間として立ち上げるものである.生命の循環するエネルギーに着目し,時代に合わせて社会に柔軟に展開可性を保つ建築思想として,オープンかつ発見的な考え方である動的集合体にたどり着いた.それは暫定的なものであり,これからさらに建築の設計や竣工後ドローイングの実践など異なる言語(形式)の往来を通して筆者が建築家として検証し続ける建築思想である.

 

 

5.結

建築家は建築を設計・監理することで,その建築思想を宿した豊かな建築をつくり,より善い社会への貢献を目的としている.そのためには,建築という複雑な対象を単純化することなく,不完全であっても,自然言語としての言葉や2次元のドローイングといった別の言語に翻訳することを通して,その建築思想を発信し,批評や批判,議論の俎上に上げて,進化させることに意義がある.また,現地に移動しないと体験できない建築に対して,言語化された言葉やドローイングは,メディアとして広く建築思想を伝達させることが可能であり,情報としての独自の価値をもっていると考える.言語化するのが難しい建築思想を自然言語とは違った2次元のイメージとして展開することは,竣工後ドローイングが費言語としての身体性を含み,そのことに焦点を当てることでより善い建築を設計・監理するためだけでなく,継続的な創作のための根拠,コンセプトを強化するためにも有効な手段であると考える.

《凱風館》という個別な建築を通して,描かれた竣工後ドローイングに用いた手法,多視点性を内包したコラージュによる同時性やコントラスト,見立ての手法に,奥の思想など,幾つもの考え方を同居させた一枚のドローイングにおいて,鑑賞者の目線は運動し,様々な解釈をそれぞれに生成する.排除に基づいた統一感よりも,雑多で異質なものを同居した混交性に豊かさと自由がある.個別な建築作品には,それぞれの建築家がもつ抽象的な建築思想がその都度違った形で表出する.完成した建築作品は一つだが,建築思想は抽象的で非言語的な暗黙知による統合であり,無意識的な揺らぎがあるために暫定的なものとなる.故に,本論でたどり着いた筆者の建築思想も動的集合体試論として,今後の変容可能性を含めて提示したい.竣工後ドローイングの実践を通して,動的集合体という建築思想が生成したのかもしれないし,動的集合体という建築思想をもっているからこそ竣工後ドローイングを描くというフィードバックによる手法を実践しているのかもしれない.しかし,結果的に目的としていることは,身体性に富んだドローイングを通して,建築プロジェクトが単独に完結せず,それぞれの建築に対する内省を踏まえて批評的に創作することで自らの建築思想を鍛錬することであり,その先に求める生命力の高い生き生きした寛容な空間の実現である.

それぞれの建築プロジェクトにおいて,この動的集合体論がいかように展開可能であるかは,敷地や予算,用途に要望,法律などの与条件によってその都度異なるものである.しかし,実践者である建築家の根底に流れる捉えづらい建築思想を揺らぎの中でも言語化することには,大きな意義があると考える.そうした非言語的なものとの往来を含めて誠実に模索し続けることでしか,より説得力のある建築思想の構築はできない.筆者も建築家としての総合的な実践を通して継続的に検証することを表明して,現時点での動的集合体試論としたい.

 

参考文献

1)光嶋裕介,『竣工後ドローイングによる批評的創作に関する実践的研究』,早稲田大学大学院創造理工学研究科,(2021)

2)菊竹清訓,『復刻版 代謝建築論 か・かた・かたち』,彰国社,(2008,第1版 1969),p.220

3)吉阪隆正,『不連続統一体を』,勁草書房,(1984),p.9

4)難波和彦,『建築の四層構造-サスティナブル・デザインをめぐる思考』,INAX出版,(2009)

5)クリストファー・アレグザンダー,『ザ・ネーチャー・オブ・オーダー』(中埜博 監訳),鹿島出版会,(2013),p.23

6)福岡伸一,『動的平衡』,木楽舎,(2009),p.75

7)スチュアート・カウフマン,『WORLD BEYOND PHYSICS』(水谷淳 訳),森北出版,(2020),p.30